衆妙の門

できるだけ、日常に沿った具体的な易などの運用を記していこうと思っています。

身体の地形図②

次は下半身

 

要領は同じです。

 

腰の骨から順番に動くように、股関節、大腿部、下腿部、足部と力を入れた後、また順番に降ろしていきます。

 

どこが地面についていなかったか?

 

やった後に地面に接地した感覚があるのか等自分の身体の変化を観察します。

身体の地形図①

自分の身体をより良く知る為には、身体に住所をつけて確認すると良く分かるようになります。

 

現代医学・科学であれば解剖学に準拠してみてみると良いと思いますし、

 

東洋医学であれば経絡・経穴からみてみると、意外と意識できていないところが多い事に気づかされます。

 

僕自身は導引・気功の様々な功法をやりましたが、そこまでする人が少なく、目的から外れてしまう為、簡単に身体の負担なく地形図を作る方法を書いてみます。

 

先ずは仰向けに寝て、

 

両手、両腕、背中を地面に着けます。

両手、両腕はリラックスした状態で行います。

どこが地面に着き、どこが地面についていないかを確認してください。

 

次に背骨(督脈)、上腕、前腕、手指と言う順番で、ゆっくりと地面から離れるか離れないかくらいの程度で上げていきます。

 

軽く上がる場合は、順番に動かせていない事が多い為、できるだけゆっくりと自分の身体を観察しながらやりましょう。

 

左右でも差がある場合がある為、感覚の違いを味わってください。

 

分かりにくい場合は、腕をリラックスさせた状態から更に水平位置や挙上位置に変化させてやってみます。

 

腕の位置を変えると背骨(督脈)で初めに力が入る部分が変わります。

 

全て終わった時に背中、上腕、前腕、手の地面への接地具合は変化がありましたか?自分の身体で感じてみましょう。

 

始めの頃は全く分からず、今は必要性も感じていない功法ですが、地形図を描けていない人にとっては足掛かりとなるのではないかと思い、書いてみました。

 

 

身体を動かす

普段から身体を動かす事で、心が浮遊しすぎないように心がけてきたつもりでした。

 

心がけてきたつもり←ここ大事

 

身体を動かしてないと、あくまでも自分の心の中だけの意識が中心で、外からの刺激が入ると状況は多彩に変化します。

 

特に足下。

 

岡本正剛先生は良く「照顧脚下」という鎌倉時代の禅僧が唱えた有名な言葉を書いておられました。

 

東洋思想としては、下に位置するものは静かに守ると言うのが基本です。

 

理論だけで言うと下半身はどっしりとした方が良いように感じますが、合気関係で袴を穿くのは、下半身の繊細な微調整を見せない為で、決して動いていないわけではありません。

 

状況に応じて絶えず動き、それによって心身の軸を静かに守っていると捉えるのが正解です。

 

自分一人ではできたつもりでも、少し人が関わると容易に揺らぐ...

 

全くできていない証拠です。

 

揺らぐ、揺れるのができていないのではなく、揺らぐ、揺れるという自分の心を許す事ができていないのです。

 

身体も心も周囲の状況も全て同期します。

 

身体も心も揺れながら、ぶれない軸をいつまでも磨いていきたいものです。

 

 

 

 

 

七情と顔⑤

思う

 

 ここからは、今までの考え方と少し異なります。

 

驚きから喜びまではプラス方向の動き、

マイナス方向はその感情の流れが途切れた事によって起こり、驚きと喜びを繰り返すことで次の循環を探し始めると思考になります。

 

つまり形になると丸から縦方向への広がりだったものが、横方向へも広がりだったものが思うとなり、驚きから喜びまでの成長に幅ができます。

 

顔は○が四角近くなるけれど角張ってはいない形。

 

憂い(悲しみ)

 

憂い・悲しみと恐れはマイナス方向の感情です。

 

顔は四角が角張った状態で、幅が広がったものをキュッと締めている姿でもあるので、角張った人は自分を律する形を持っており、法律関係や軍事関係などには適していますが、枠に填めすぎると自分も窮屈になり、結果的にマイナス方向を常に模索してしまいます。

 

但し、縦も横も幅がある為、使い方次第で1番安定した形ではあります。

七情と顔④-3

驚き  →  怒り  →  喜び

 

と言う流れは、

 

新しいものとの出会い  →  その出会いを活かす

 

→  満足し、感謝する

 

と言う考え方にも通じます。

 

そのような状況になれば自然な笑顔が生まれるでしょう。

 

一方でマイナス方向の強い驚きであれば、

不安や恐れを誘発したり、そのエネルギーが蓄積できると怒りになり、怒りを爆発させるとスッキリしますが、そこで終わってしまいます。

 

短期的にスッキリするのか、感謝する事で周囲に良い結果をもたらし、長期的に良い関係を構築できるのかは自分次第、、、(自分に言い聞かせています

 

驚き・恐れから喜びまでの感情は形にあらわすと有形から無形に、

 

顔の形は○が縦に伸びて雲散霧消します。

 

 

七情と顔④-2

④-2

 

心には形がなく、眼力、声色、艶と光で判断すると書きましたが、これはあくまでも生理的に健康な状態の話です。

 

病理的な話となると、心が危ない方向へ行く可能性が高い場合は、目尻が細く釣り上がり、瞼に力が入り、眉を潜めている状態となります。

 

これは剣難の相とも言われ、無闇やたらと他人に喧嘩を売ってしまいます。

 

これは目だけでなく、鼻でも頬でも眉骨でも同じ事ですが、結果的に自分の我欲を満たすために他人にその価値観を押しつけようとしている状態、或いはそうしてきた過去が具現化したものです。

 

当然気の上昇力(活動力)が低下する老年期以降はコントロールしやすくなりますが、心が変化しなければ、過去に縛られて変わらない人も多い部分です。

 

自分に振り返ってみると、今は大分丸くなりましたが、若い頃は炎上しまくっていました。

 

失敗があるからこそ、正しい道がどこにあるか判断しやすくなります。

 

良い道だけをスムーズに進める人は、自分の努力の積み重ねの結果、年長者の教導に恵まれると言う運と後輩等の年下への指導による気づきや縁があった人となります。

七情と顔④

④-1  喜び

 

人の人生を 生・長・壮・老・死 の5段階に分けると、心は壮年期に良く見られます。

 

東洋医学では、生長老死と4つに分ける事で春夏秋冬に対応させたりしますが、

 

観相学では、上記のように5つに分けたり、100に分けたりしながらも、ダイナミックに見る場合は三停と言って、上停・中停・下停と顔の部位を先ずは三つの位置的な特性で判断します。

 

この3つに分けるダイナミックな観点は東洋的な見方に共通するもので、天人地三才思想と言われ、周易の根幹の一つでもあります。

 

話が反れそうなので、心・喜びに戻すと、

観相学において顔の形の分類としては心の形はありません。

 

敢えて言うとすれば、上停の清らかさですが、眼力、声、色、艶が全て最高の状態が心です。

 

つまり、壮年期に今まで溜め込んで、成長させてきたものを存分に出せている状態です。

 

入れるものはしっかりと自分の血肉にでき、要らないものや周囲に良い影響を与える為に出せるものは出せている事が大切です。