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衆妙の門

できるだけ、日常に沿った具体的な易などの運用を記していこうと思っています。

性と生

性命を五つの段階に分けるとすると、生長壮老死に区分できます。

その中で、本性が力の限り発揮され、後から形がついてくる、人生の最初の段階が生です。

 

季節で言うと春、1日で言うと早朝がこれにあたります。

 

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気を感じ、煉る為の最初の段階でもあります。

 

この段階では兎に角、吸収する。

 

知識と経験を蓄積し、それが血肉になる段階でもあります。

 

三つ子の魂百まで、と言われるように、この時期の知識や経験が、本性に大きく影響します。

 

これは、本性の外側を包む皮のようなもので、防御にも働きながら、次の段階の栄養にもなります。

 

気の盛衰で言うと、種から芽が出た状態なので、気は速く、大きく動き、形がそれについていければ順当に成長する上に能力を早く発揮します。言い換えると、気の動きに形がついていけなければ病となりますし、元々気の動きが遅く小さければ、形に栄養が流布できませんので、急激な形の異常が現れる段階でもあります。

 

春は、花を咲かせる為に、芽を出し、茎や双葉を出し、実る為に日夜吸収しながら、成長する段階ですし、1日の始めは目が覚めて、午前に使う気を取り入れる段階でもあります。

 

その為、春、朝に活動、思考をしっかりと行う事が、その日一日、その年一年、そして一生を実りあるものにできるか否かを決める事にもなります。

 

ただ、この段階で充分に吸収できなかったからと言って嘆く事はありません。

 

次の段階で、それを修正していけば、後々そういう事から教えてもらったのだと懐かしく、愛おしく感じられるでしょう。

 

 

 

 

生長壮老死

人の出生前とその要素。これが一旦定まったのが赤ちゃんで、ここから人の本性の旅が始まります。


人の太極と陰陽の変化は始めから終わりまでの間に、太極の大きさが、極小→小→大→小→極小と変化し、又無に帰ります。


東洋的にはその旅路を生長壮老死と五分割してそれぞれの特徴を示しています。


黄帝内経・素問、上古天真論篇第一には、


男性は8の倍数、女性は7の倍数で、この生長壮老死を語っていますが、これは古代から天は9、地は6と言う数字の基準があり、天地に挟まれた人は男性が陽なので上にあり、女性が陰なので下にある事から、7が女性、8が男性とされています。


結婚した際の力関係は、陽は下にある方が昇る能力があり、陰は上にある方が降りる能力があり、変化しながらも安定する為、地天泰の卦として、安定、安泰をしていると考えられていました。その為、陽である夫は上に位置すべきではあるがスタートは下、陰である妻は下で支えるのが本来の位置ですが、スタートは上なのです。この関係性を意識して、無意識に落とし込まないと陰陽離決します。


そして、そのそれぞれの生長壮老死の区切りがあります。


生では、本性と命が成熟し、性別に関係なく人としての土台を構築する段階。


長では、男女の性別がはっきりと現れ出し、人としても特性を伸ばす段階。


壮では、生長で培った気を最大限発揮する段階。


老では、成熟した知識と経験を伝える段階。


死では、人とは何かを後人に伝えながら、次の質的転換に向けて準備して、今世に悔いを残さないように、生を全うする段階。


人によって、この速度と波は異なります。



形と命

本性の動きの様が形になるに従って命が生まれ、命の中に性が活き活きと動いています。

しかし、本性には様々な要素が絡んでおり、常に形である命が壊れる限界まで動こうとします。

  その本性の中でも、綿々と伝わり、経験や思考が集積したものや宇宙の理に従おうとするものを特に霊性と言います。

そして、その霊性は本当の意味で天と地と繋がった時にしか現れません。

  この霊性が発揮された時、あらゆるものと自然に調和し、調和していないものは調和するように仕向ける力さえ出る場合があります。

  自然の調和を乱しているのは、人間だけではありませんが、人間が一番それが可能でもあります。

  昔の本には陰陽に従って、決まっている数に調和し、恬淡虚無な心を持てば病む事はないと書いていますが、簡単に言うと、季節の寒暑に従って食べたり、運動したり、服の厚みを替えたりして、それを計測してその規則を守り、その日感じた事はその日の内に忘れてしまうような生活ができれば、病気にもならず、本性が活き活きとします、と言っています。

  つまり動物の方がそれをよく体現しています。

  昔は宗教って、難しい規則、守りごとが多くて、自分の思考を邪魔するものだからと嫌っていました。

   でも、今は昔から伝わる、守っといたら性命は活き活きと輝くよ♩と事前に教えてくれているものだと言う認識に変わっています。

  難しい事ではなく、形と気が調和しながら活き活きとする為の教訓を示してくれています。ただ、それを利用する人には注意しなければいけませんね。

  形の変遷については、次に書いていきます。
  




本性

元々持っている気の性質。


どうして元々持ってるの?どうやって持ったの?人によって違いがあるの?


こんな疑問が頭をもたげます。


一番分かりやすいのはお父さん、お母さんが持っていた形質を受け継いだ性質。


次に生まれるまでの気候、天候、お母さんから聞こえてくる音、震動、感情。


たくさんの気の変動と環境が影響して赤ちゃんが生まれます。


だから、昔の人は雨や雷の日に子作りしてはダメですよ、と言っていたりもしたんですね。


そして、赤ちゃんとして生まれる前から、お父さんやお母さんだけでなく、様々な人、物、気候の影響を受けて、赤ちゃんとして形作られます。


その形は、まさに本性そのもの!


だからこそ、性と命は陰陽であり、赤ちゃんと言う太極として生まれたのだと思います。


本性の性質が具現化したのが形。


生まれてからは、この形をどれだけ上手く乗りこなせるかが生きやすさの鍵になります。

形に逆らうことなく、形の長所を生かせれば生を全うできます。


生まれてこれただけで、感謝。

生んでくれた両親に感謝。

周りの人、生まれた土地に感謝。


本性を活かす道具としての命に感謝しています。


こんな気持ちが芽生えるのが形に沿って生きていけている証拠。


形が大切なのではなく、気(本性、霊性)を形の範囲内で活き活きと生かせることが大切です。


活き活きと生きる為の指針の元が形であり、元気。


それは生まれた年、月、日、時によってある程度推察できますが、あくまでも形、命を決定したもの。


今と未来は生き方で変化します。

性命

    生命と書くとしっくり来ますが、性命と書くと何?と思いませんか?


    元々は性命と書いていたものが、今は生命と書かれています。


  性命とは、本性(その人の本質的な気、霊性)と命(形ある身体)と言う陰陽が交わって作られたものと昔の人は考えていたんです。


  今では肉体重視、今ある欲望をどう昇華させるかに焦点が当たって来たから、自然と生命になったんでしょうね〜。


  昔の人はそこまで考えていたんや〜。


  でも本性て何?


  そんな事をつらつらと書いていきたいと思います。