徳の陰陽(4)
陰徳はわかりにくいけれど、人の為、何かの為に長い期間益となるような陰の働きかけです。
これに対して陽徳は分かりやすい天の徳ですが、昔は威と言う言葉でもあらわされています。
存在しているだけで、頼もしい、頼りになります。そして義に背く事に対して大きな力を発揮します。
しかし、この威は往々にして権限や権力と繋がります。
権威と呼ばれるものです。天の陽と人の陽が重なった時です。
誰しも権威を指標にしがちですが、ここに注意する必要があります。
陽徳は使い方に注意する必要が多く、それに対して陰徳は積めば積むほど、陽徳とのバランスを取る作用と自分や周囲のバランスを取る作用が発揮される為、古の医家は先ず初めにこの事を唱えているのであろうと推察しています。
そして、この陰陽の徳の時間的な流れを具体化しているのが、乾坤でもあります。
徳の陰陽(3)
天徳には陽と陰があり、
陽徳は自我の発揚による施しやリーダーシップに関わる事を書いてきました。
しかし、大切なのは陰徳。
空気に喩えると、季節の変化による寒暖の差が空気の陽徳。
空気の存在自体が陰徳です。
目に見えないものの中に分かる行動と、
耳を澄まし、目を見開き、五感を最大限に発揮してやっと分かるかどうかと言うもの。
認識しようと思わなければ当たり前のように思って過ごしてしまう事。
それが陰徳。
徳の陰陽(2)
自然現象を天とし、
人を地とすると、
人には社会が来ます。
本来なら、天候を天とし、
地形、環境を地とし、
人は人と考えますが、
それは一般に通用している簡易の話。
ここから敷衍して様々な事象に当てはめていきます。
例えば、誰かに言われた言葉に怒りや悲しみを覚えた時。
それは、誰かが陽であり、自分が陰。
二人の社会と言う枠組(太極)で起こった陰陽の相交。
でも、ここには二人だけではなく、
裏に環境(地)と状況(天)があっての二人と言う前提条件が隠れています。
良かれと思って言う(陽の徳)事でも、
受けた言葉をどう解釈するかは受けた人の天地に左右されます。
徳の陰陽(1)
道徳の語源となった、道と徳。
道は地にあり太極を示し、
徳は天から流れ無極を示していると考えています。
だから天徳とも言います。
コツコツ行うことを地道と言いますが、
地道の対義語ですね。
この徳にも陰陽があります。
目に見えて、人を引っ張り、集め、
何かを成し遂げたり、何かを得る為に行動する事を陽の徳。
一見何もしていないようで、陰で支えたり、
見守ったり、助言を与えるのが陰の徳。
中医基礎理論
上海の先生は、第五版以降は使わないと昔聞いてました。
今回、ちょっと後輩の助けとなる為に、第五版を久し振りに取り出し、私的解釈を含めて翻訳していたら、やっぱり第五版は深いな〜と改めて感心。
第五版 7の病機に関しての冒頭は、
病机,即疾病发生,发展与变化的机理。疾病发生,发展与变化,与患病机体的体质强弱和致病邪气的性质密切相关。病邪作用于人体,机体的正气必然奋起抗邪,而形成正邪相争,破坏了人体阴阳的相对平衡,或使脏腑,经络的功能失调,或使气血功能紊乱,从而产生全身或局部的多种多样的病理变化。因此,尽管疾病的种类繁多,临床征象错综复杂,千变万化,各个疾病,各个症状都有其各自的病机,但从总体来说,总离不开邪正盛衰,阴阳失调,气血失常,经络和脏腑功能紊乱等病机变化的一般规律。
第七版 第六章の病機に関しての冒頭は、
病机,即疾病发生,发展于变化的机理。疾病的发生,发展与变化,与患病机体的体质强调和致病邪气的性质密切相关。病邪作用于人体,机体的正气必然奋起抗邪,而形成正邪相争,破坏了人体阴阳的相对平衡,或使脏腑,经络的功能失调,或气血功能紊乱,从而产生全身或局部的多种多样的病理变化。因此,尽管疾病的种类繁多,临床征象错综复杂,千变万化,各个疾病,各个症状都有其各自的病机,但从总体来说,总离不开邪正盛衰,阴阳失调,气血失常和津液代谢失常等病机变化的一般规律。
句読点の区別をしていないので分かりにくいですが、
1番最後の文章、
上は「しかし総体的に言うと、邪正の盛衰、陰陽失調、気血の失常、経絡と臓腑機能の乱れ等から離れる事のない病理機序の変化の一般的な規則である。」
下は「しかし総体的に言うと、邪正の盛衰、陰陽失調、気血の失常と津液代謝の失常などの病理機序変化と離れる事のない一般的な規則である。」
以降も読み比べて見ると分かりますが、第五版の方がおもろいw
老中医(2)
江蘇省から上海に来て、初めての難関を突破した翁泉海。
裁判が終わった後、趙閔堂と呉雪初が二人で酒を酌み交わしながら、呉雪初が言った言葉が秀逸でした。
「秦仲山患病日久,大骨枯槁,大肉陷下,五脏元气大伤,营卫循序失常。
脉如游丝,似豆转脉中,且舌苔全无。此乃阴阳离绝,阳气欲脱,回光返照之先兆也。可那翁泉海奇怪了。他不用大剂量补气得人参,黄芪。也不用補阳的鹿茸,附子。他偏偏用补中益气汤。这样平淡无奇的小方,以求補离散之阳,挽敗绝之阴,清虚中之火,升下陷之气。不温不火,不轻不重,分寸掌握得十分精准。」
秦仲山の病の重さを邂逅する一節。「骨は枯れ、肉は落ちくぼみ、脈は細く脈の中に豆が転がるようにあり、舌苔は全く無い。こんな風に陰陽離決し、回光反照の前兆が現れていたにも関わらず、補中益気湯のような平凡かつ小方を使って陽気の離散を補いながら、陰気が絶えないように助け、虚中の火を冷まし、下陷している気を昇らせ、温めず火を消さず、軽重自在に扱っていたのはものすごく精密な腕があった事が理解できる。」
と呉雪初が言っています。
何より
「无论你来自何处何地哪门哪派,这手高手低,还得在病上见真章」
出自が何でどこから来て、どの門派に属しようとも、そいつの腕次第。
病の前では真価が問われる。
上海一の西洋医として名の知られた趙閔堂と中国鍼灸の伝人とされる呉雪初の会話を一部抜粋してみました。