衆妙の門

できるだけ、日常に沿った具体的な易などの運用を記していこうと思っています。

徳の教え(45)道徳経下篇・徳経(8)

洪徳(こうとく)第四十五と言う副題がついています。

 

徳による循環は一見何もしていないように見えたり、世間の人より劣って見えますが、実際は逆。世間が慌て、目先に走って、常に利を得ようとしているからそう見えるだけ。

 

大成しているものは欠けているところがあるようで、実際にはそれが万全な状態。

 

充実しているときは、虚しさがある時もあるが、実際には十二分に働いている。

 

本当に真っ直ぐなものは歪んで見える事があり、

 

本当に器用な人は不器用に見えるものである。

 

口下手に感じる方が、実際には人は良く理解していたりする。

 

これは騒がしく動く事で冷えを呼び込まず、静しにている事で熱を内にいれない道理である。

 

つまり、その人のあるがままでいる事で、世間は大きく動いても、その人は客観的に俯瞰して観ることができ、これこそが通常の正しい姿と言える。

 

【直訳】

大成は欠くるがごとくにして、その用弊(やぶ)れず。大盈(たいえい)は沖(むな)しきがごとくにして、その用窮まらず。大直(たいちょく)は詘(くっ)するがごとく、大功(たいこう)は拙なるがごとく、大弁(たいべん)は訥(とつ)なるがごとし。躁勝てば寒、静勝てば熱。清静(せいせい)は天下の正たり。

 

【原文】
大成若缺、其用不弊。大盈若沖、其用不窮。大直若詘、大巧若拙、大辯若訥。躁勝寒、靜勝熱。清靜爲天下正。