衆妙の門

できるだけ、日常に沿った具体的な易などの運用を記していこうと思っています。

言葉を繋ぐ(23)

【直訳】

易の興るや、それ殷の末世、周の盛徳に当るか。文王と紂(ちゅう)との事に当るか。この故にその辞危うし。危(あや)ぶむ者は平らかならしめ、易(あなど)る者は傾かしむ。その道はなはだ大にして、百物廃(すた)れず。懼れてもって終始すれば、その要は咎なし。これを易の道と謂うなり。

 

【原文】

易之興也。其當殷之末世周之盛德邪。當文王與紂之事邪。是故其辞危。危者使平。易者使傾。其道甚大。百物不廢。懼以終始。其要无咎。此之謂易之道也。

 

【私的解釈】
 易が盛んになったのは、そもそも殷の末世であり、陰徳が盛んになった周が中華を支配する時に当たるだろう。また文王と紂王との徳の違いにも当たるだろう。だからその言葉(彖辞)には危険性が伴う。危ういと感じる者は平安にしようとし、侮る者は傾けてしまう。易の道ははなはだ大きく、多くのものは廃れていない。警戒しながら終始すれば、その要は咎はない。これこそが易の道といえるのである。

 

 易の道(陰陽太極)について、殷朝の最後は紂王であり、人々に影ながらその徳を崇められていた周の文王が殷に取って代わった時代です。

 

 また殷の紂王は酒池肉林や蠱毒、炮烙(ほうらく)の刑等の言葉を生んだ事で知られる暴君であり、周の文王は後天八卦を描いたと言われる英雄とも言える人です。

 

 この2つの対比から、様々な事象についての危険や不安、例えば気候が荒れる、

政治情勢が不安定となる、人との付き合いがうまくいかなくなる等を抽象的に表現しています。

 

  このようなバランスの崩れがあるからこそ、それを安定させようと考え、安定している人は不安定な方向へ走りがちだと言っています。

 

 その為、どんな時でも不安定さや危険性を心の片隅に認識しながら、安定する方向へ向かおうとすれば必ず悪い事は起こらない、これが易の法則性の大要だと言っているのだと考えています。