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衆妙の門

できるだけ、日常に沿った具体的な易などの運用を記していこうと思っています。

顔を観る⑥

鼻は東洋医学では、脾をあらわしていると考えます。


観相学では、自我、自尊心が主体となり、鼻翼は蓄えと考えています。


つまり、観相学での鼻は東洋医学で考える、脾と心、肝の総合作用となります。


鼻翼は東洋医学では胃に当たりますので、胃にどれくらい溜め込めるか、溜め込んだエネルギーをどのくらい前に出せるかをあらわしています。


発達の度合いは、肝と心の総合作用です。鼻頭が高ければ高いほど自尊心が高く、低ければ自尊心も低いと考えます。


つまり、脾が主体となって成長過程の形跡として肝と心が関わっている部分で、高くなる程肝と心の補助作用が強く現れます。


この考え方、見方は、誰しも直感的に感じているものですね。


   顔が人体及び心の整体(全体)で、その一部が自尊心を高くする器があるからと言って、その人の自尊心が異常に高いとは考えません。


一部の状態は整体(全体)を反映し、全体も一部を反映していますので、あくまでも自尊心に関する一つの指標が陽性と出ているだけです。


つまり、鼻が高い、頬骨が前に出ている、目つきが鋭く目尻が上がっている、人を射るような目、眼光が鋭いと言うような幾つかの条件が揃って初めて、自尊心の高さが内外に現れていると言って良く、これに眉毛の荒さや顔の赤み、照り、声が枯れ気味と言ったような気色声色が加わる事によって自尊心の高さ+他人への攻撃性が加わり、争いを起こしやすい人と一旦考える事ができます。


このような人は、元々肝の気が強く、それが当たり前となって現在他人にも影響を与えていますので、小さな事でストレスを溜めやすく、怪我をしやすいと言う側面や何でも自分でやりたがり、自分から外傷を起こしやすい(事故も同様)というような面が多くあらわれます。


こう書いていくと、若い頃の自分の事を書いているようで、筆が進まなくなりますが、僕自身は決して鼻が高いわけではありませんが、当時は痩せていて、眼光鋭く、眉間も額も狭く、すぐに頭に血が上っていましたので、自尊心の高さと他への攻撃性は親和性が高い性質ですが、同じではないこと。


生き方によって、それらは変化させられますが、形態の変化はそれよりもかなり遅い変化となります。