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衆妙の門

できるだけ、日常に沿った具体的な易などの運用を記していこうと思っています。

思う

思索、思考は脾の役割と考えるのが東洋的です。


そう考えると、前頭部痛は陽明胃経の範疇と言われますが、脾が顕在化して胃に浮き出てきたと捉える時もあって良いのではないかと思います。


そして、躁鬱やPTSDと言われる人は前頭部から頭頂部にかけて、虚実が如実に反映されている経験が多く、近年では脳脊髄液減少が見られると言った報告があるのもうなづけます。ここに溜まって動かなくなっている事が多いのかなと。


脳は心の腑と呼ばれていますが、細かく分けると、また違った見方ができるように思います。


恐れは長期間続くと脾に影響し、考えすぎるとマイナス思考(肺)に陥ります。脾が腎を責めすぎて、五行相生が逆に流れている状態です。


怒りが落ちつくと、その事について考える場合(脾が責められ過ぎて、肺の助力によって本来の思考を取り戻した状態)と新たな喜びに向かって行動する場合(肝が心のエネルギーに転換する)がよく見受けられます。


全て、前頭部から頭頂部へ流れが急に上がる場合は、症状も急で激しく、頭頂部から後頭部にかけて停滞している場合は鈍重な感覚が主体として現れているのを観る事が個人的には多いのを考えると、「医心方」で簡単に癲癇をイメージしやすく表現している事が想起されます。


どのような感情であっても、一旦思考する事によって新たな発展をするところは、東洋医学の脾と特性が似ているだけでなく、継続して思考する為に、体幹の中央や前頭部から頭頂部にかけて、気が集中し停滞する為、季肋部中央よりやお腹の真ん中にも停滞が起こるのだと思います。


プラス面では、腎と似ていながら継続して供給できる、変化の種を内包し、


マイナス面では、停滞する事で思考も行動も鈍重になりやすい事です。


考えないのも問題ですが、考えすぎも問題。

今日の悩みや後悔は今日中に捨て、反省として次に活かす事が大切ですね。